こんにちは。
BabylonMoonsです。
夏の始めごろ、お友達のご紹介で、LA在住のとあるシャーマンさんにお会いする機会がありました。
ちょうど自分のガイドスピリットとのつながりが予想以上に強くなってしまい、現実世界とのバランスを崩し気味だった時期。
良いものがたくさん流れ込んでくる一方で、自分にとっては必要ないものまで貰ってしまったり、不要なものが内側から増殖したり。。。
自分では安定を保つのに不十分な状態だったので、シャーマンさんにそういうアンバランスをきれいに整えていただいたのでした。
セッションの後、すこしお話をお伺いする時間が合ったのですが、鏡に向かって自分の姿を映しながら、彼はこう言うのです。
鏡の表面を見てごらん。
デーモンが映るよ。
あなたは、鏡の『表面』を見ることができますか?
あなたの姿じゃなく、その手前にある、銀色の鏡面です。
鏡に汚れや糸くずがついていたら、見やすいかもしれないけれど、それともちょっと違うのです。
鏡に映る、虚像の手前にある表面。
水晶透視をやってみようと試みられたことのある方なら、もしかしたらなんとなくコツがわかるかもしれませんが、焦点を合わせないで見る、見入る、あの感覚とおなじでした。
水晶玉のときのように、地球とつながる感覚と、あふれ出してくる情景が、みえるのです。
でもこの日、残念ながら、私には怖い悪魔は見えませんでした。
そのかわり、美しい陽光に照らされる世界、そこに生きる、いのちが存在する『現実』世界のとびらが見えたのでした。
悪魔というにはあまりに美しい、現実世界の営み。
考えてみれば、デーモンという名にはさまざまな意味がありますね。
一神教では、パガン(多神教)の神ははみんな否定形になってしまうのでしょうか。
古きメソポタミアの土着の神々は、地域の信仰がユダヤ教やイスラム教、キリスト教に取って代られた後、精霊(ジン)または悪魔と呼ばれるようになったようです。
ソロモン王の魔術書(17世紀に書かれた魔術書の『小さい鍵』の方です - Lesser Key of Solomon, aka, the Clavicula Salomonis Regis or Lemegeton)には72柱の悪魔の召喚術が記載されていますが、たとえば最初に紹介されているバアルは、もともとパレスチナ一帯からエジプトやギリシャ神話にまで広く信仰されていた、古い土着の、嵐と豊穣をつかさどる神でした。
日本にも八百万の神がいらっしゃいますが、かの有名な出雲大社の大国主命についてでさえ、時の天皇が祟りを恐れて社を建てたと古事記にあります。
大国主命はアマテラスの弟、スサノオの子孫で、古代日本の土着信仰・国つ神グループの王であり、高天原からアマテラス率いる天つ神グループが地上を平定しようと天から降りてきたときに『大きな社を立てて自分を祀ることを条件に国を譲った』そうです。
ですがその願いは長く聞き届けられず、とうとう第11代垂仁天皇の皇子にさわりが出てしまいます。口がきけなかったその皇子を出雲にお参りさせたところ話せるようになったので、そこであらためて大国主命を祀る出雲大社が建てられたのだとか。
偉い人が政争で敗れて怨霊になり、怨霊が祀られて神や仏になる、というパターンも日本では珍しくないですね。哲学者・梅原猛氏の『隠された十字架~法隆寺論』では、大国主命から始まって、聖徳太子の怨霊説とその裏づけが、ぞっとするような展開で書かれています。(夜中に読んで怖すぎて眠れなくなった!(涙))
さて、私はガイドスピリットを精霊・自然霊という意味でスピリットと呼んでいますが、神にもつながる存在であるなら天使とも呼べるのかもしれませんし、守護霊様ともいえるのかも。
でも多神教にまったく縁のない方から見たら、これらはすべて許されるべくもない『デーモン』なのかもしれません。
日本文化はそういった意味では許容範囲が広いので、スピリチュアルやニューエイジブームも受け入れやすいのでしょうね。
普通の目には見えない、それでも”ある”と感じるその存在をどう呼ぶかは、本当にその人の感覚次第なのでしょう。
自分がそう感じて名をつけたものが『それ』なのだと思うのです。
鏡面に映る『それ』はあなたにとって、何に見えますか?
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